先週の土曜日に行われた西原町の「棚原酉年12年まーるあしび」の続きです。
前回は御願・道ジュネー・琉球舞踊だったので、今回は残りの組踊「国吉の比屋(義臣物語)」と棚原弥勒太鼓を紹介。
豊年祭の日程は2日間で、土曜日の組踊は「国吉の比屋」で、日曜日は「雪払い」でした。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

まずは、「高嶺の按司」の忠臣だった「国吉の比屋」の登場。
この組踊の経緯について唱え(セリフ)で説明します。
かなり長い唱えでしたが、迫力があって、周りの人もこれだけで見る価値があると言っていました。
これまでの流れは、島尻の「高嶺の按司」は行いが悪く百姓を苦しめるので、「国吉の比屋」は改めるように進言。
しかし、「高嶺の按司」は聞き入れなかった為に、首里王府の「鮫川の按司」によって征討されます。
その際に行方不明になった「高嶺の按司」の若按司と姉「おめなり(思なり)」を気にかけています。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

場面が替わって、逃亡中の若按司と姉。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

母方の親類・新垣の比屋に助けを求めますが、断られます。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

助けを得られずに座り込む姉弟。
そこへ、高良村の村頭「崎本の子」が通りかかります。
姉弟は、崎本の子に匿ってもらうことに。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

一方、国吉の比屋は、人形売りに扮して、若按司姉弟を探しに出ます。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

ある村で、子供達に人形を配りながら、見知らぬ子供を知らないかと尋ねます。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

とうとう、国吉の比屋は若按司と対面。
国吉の比屋は、高嶺の按司の仇討ちを勧めますが、若按司に止められます。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

国吉の比屋と若按司姉弟は、高良村から識名村へ移る決心をします。
崎本の子に一緒に戦うことを求めましたが、断られます。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

夜廻りの登場。
北風が強い中、米蔵や銀蔵を見て回ります。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

国吉の比屋は、仲間を集められませんでした。
そこで、一人で「鮫川の按司」の城に火攻めを決行。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

火攻めは直ぐにバレて、追っ手が放たれます。
しかし、国吉の比屋は腕が立つので、追っ手達を面白いように投げ飛ばします。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

多勢に無勢なので、国吉の比屋は捕われの身に。
尋問される中で、自分は盗人ではなく、高嶺の按司の仇討ちで、鮫川の按司の首を取りに来たと言ってしまいます。
しかし、若按司の居場所を聞かれますが、どんなに脅されても白状しませんでした。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

鮫川の按司は、逆にその忠誠心に心を打たれました。
「親の罪は子に及ばず」と言い、若按司には高嶺の領地を継がせることを約束。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

安全が約束されたので、識名村にいた若按司姉弟も出てきて、鮫川の按司に感謝を述べてハッピーエンド。

組踊(国吉の比屋・義臣物語)@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

「棚原酉年12年まーるあしび」の最後の演目は、棚原弥勒太鼓でした。

棚原弥勒太鼓@棚原酉年12年まーるあしび(豊年祭)

午後10時半頃までの長丁場でしたが、内容が盛り沢山で楽しめました。
次回が12年後なのは、少し勿体ないですね。

西原町の棚原酉年12年まーるあしび その2(組踊)の地図
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